うちの子発達障害かも?と思った親が陥る、我が子をダメにする落とし穴

数日前から、急に反抗的になり、挑戦的な目・見下したような目・明らかに意図的に無視する、明らかに心を閉ざしていた娘。

あんなに無邪気だったのに、突然どうしたんだ?

5才の反抗期か?!

と、あの興味のない夫さえも気付く変わりよう。

ネットで5才の反抗期を調べてみたりもしました。

 

でも、認めたくなかったけど・・・その原因は私にあるとわかっていました。

これは反抗期なんかじゃない。

空気読めずに周りに嫌われて苦労しないようにと娘の教育?療育?指導?を頑張りすぎた結果、娘が心を閉ざしたのでした。

グレーゾーンだからこその理由で娘が嫌われないようにと必死になりすぎた親の、落とし穴についてお話させてください。

 

 

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発達障害・グレーゾーンを疑っているからこその親の気持ち

生まれて生後2か月から、ずっと「娘は発達障害かもしれない?」と思って疑っていました。

彼女の0歳からの様子はこちらにまとめてあります。

 

その後、この子はグレーゾーンだな・・・と自分の中でモヤモヤしつつ、自分でも親として教えてあげられることを教えてあげたい!と思うようになりました。

 

夫のように娘がアスペルガーだとすると、普通の人が「言わなくてもわかること」がアスペルガーは自然に学ぶことができません。

空気が読めなくて苦労しないように、つぶせる問題をつぶしてあげたいと強く思うようになりました。

 

…苦しまないようにしてあげたくてやった「親心」のはずが、まさか母(私)が原因で心を閉ざすようになってしまうなんて!!!

こんなこと、考えもしませんでした。

とてもまっすぐで優しくて、素直な子でしたから。

 

 

子供の発達障害グレーゾーン、親としてしてあげられる療育

「うちの子は他の子と何か違う」

・・・ずっとそう思ってきました。

だからこそ、

私に教えられることを教えてあげて、この子に傷ついてほしくない!

本人何気なくした行動で、周りに迷惑がかからないようにしてあげたい!

 

そう思って”普通は言わなくてもわかること”をあえて口に出して教えてあげていました。

「こういう顔は、こんな気持ちを表しているんだよ。」

「●●っていう言葉を言うと、自分はこういったつもりでも言われた側はこんな風に感じちゃうんだよ。だから、○○って言おうね。」

とか。

パターンを一つ覚えると、臨機応変にできない所を見るとやっぱりアスペも入ってるかもな~と思っちゃってた日々でした。

 

例えば、友達と遊びたい時は「一緒に遊ぼう、入れて!」って言うんだよって教えると、

クラスでずっと遊んでた相手でも、「一緒に遊ぼう!」って相手が「いいよ」って言ってくれるまでしつこく言い続けたりするのです。

いやいや、ずっと遊んでたんだから、別に「遊ぼう!」ってあえて言いなおさなくても「既に一緒に遊んでるじゃんか!」と思っても、娘からすると遊ぼうって言わないとスタートが切れない的な変なルール見たいのが出来ちゃってて、なぜか臨機応変にできなかったりするのです。

今は言わなきゃダメな奴だろ!っていう「遊ぼう!」と、今言わなくてもいい時の区別が難しいみたいで。

 

こんなんあげたらキリがないんですけど(笑)、娘が5才になって、これまでは小さかったからみんなわからないと思っていたことに差が出始めていて。細かい違和感が出てきました。

親として、周りの人とスムーズにコミュニケーションが取れるようにと少し過敏になりすぎていたかもしれません。

 

そうしてやっていくうちに、いつの間にか周りの人からどう思われるかばかりを気にして子供の気持ちに鈍感になってしまっていました。

 

 

学校の先生が指摘する問題点を徹底的に治してあげようとしてしまう

先日、娘の通う幼稚園の先生からこんなことを言われました。

1.「娘さんは、すぐ泣きます。泣きすぎです。今日は個別に呼び出して泣くな!って怒りました。泣くことでいい思いしてきたんじゃない?だからすぐ泣いちゃうんだよ。泣いてももう構わなければいい。」

2.自分の事は自分でやらせてください。できないってすぐ人に頼ろうとする!家で何でもやってあげ過ぎなんじゃない?」

3.「特定の友達が大好きすぎて、ずっとその子の事を追いかけて一緒に遊びたがるから、色んな子と遊べるようにしないとね。」

それから、これは授業参観に行ったときに先生が親に向けて話している時に、娘は全然関係ない違う話をしに話に割り込んでって「ねぇ!ねぇ!先生!」と自分の話をしようとしていました。空気読めな過ぎ…と思い、

4.人が話をしているときに途中で割り込んで関係ない話をしない!

 

これら4つの事を、家で徹底的に娘に注意していました。

でも正直、1の泣きすぎに関しては、「良い思いをしてるから泣いている」というのはうちには当てはまらないよなーと思っていて。

0歳の時からいつも泣いていました。

感情を抑えられないような感じで、全力でワーン!!と泣くのです。

嫌だった時だけじゃなくて、相手の感情を考えて苦しくなった時でさえ。

大人になるとあんなに自分の感情むき出しにして顔ぐちゃぐちゃにして声上げてワーン!となんて泣けないから、子供っていいなぁと思っていたくらいでした(笑)

 

3の特定の友達についても、その子とはお互い大親友みたいな感じでとても仲が良かったのです。こんなに小さいうちから親友が見つかっていい事だと思うけどな~と思いつつ、でも学校の方針としては、特定の子とだけ仲良くすることを禁止しているので「他の子ともみんなで遊ぼうね」と言わなければなりませんでした。

「●●ちゃんと遊ぶとどうして怒られるの?どうして遊んじゃいけないの?」

それを何度も説明しても、イマイチわからないようでした。

そりゃそうですよね。(笑)

大好きな人と遊んじゃいけない、他の人と遊ぶと褒められる。彼女には理解不能で、自分だけいじめられてるように感じても無理はありません。

 

親の私が納得していなくても、学校の先生がそれを問題点としていうんだから、みんなに迷惑がかかるし泣かないようにさせないと!●●ちゃん以外の子とも遊ばせないと!と思っていました。

 

徹底的に注意してしまう

「泣くな!!」という。

「そんなことで泣かなくていいんだ」と。

娘が泣いていてもその苦しかった気持ちを受け止めない。

こんなの、泣くことじゃないよと。

自分の事は自分でやれと、開けられないおやつの袋はハサミを使えばいい、届かない食器棚には台を持ってきてやればいい、なんでも工夫して何とかしてやれ!と突き放す。

話の途中で割り込んできたら相手の気持ちも説明しつつ、徹底的に言う。

 

この他にも

嘘をつくな、ちゃんと目を見て話せ、みんなが何の話をしているのかいつも聞いてて話の輪に入ってごらん、名前を読んだらすぐに耳をこちらに傾けて!

・・・書いてるだけで、こんなに一気に言われたらそりゃーイヤになるよと思うほどの事ばかり。

 

しつこくしつこく言わないと全然聞いていないもんだから、いつしかこれが全て同時期に重なってしまうようになって。

 

言われ続けられる側の気持ち

娘からしたら、何を言っても怒られる。(自分を否定される)

何を言っても受け止めてもらえない。

話したいのに割り込むなと言われる。でもずーっと話してる親たちにいつ話せばいいの?って思っちゃうよね・・・

甘えさせてもらえない。

「ママ、他の子には厳しく言わないのになんでわたしにだけ言うの?」って絶対思ってるよね。

 

私も辛かったけど、親の私しか言ってあげられる人はいないし、アスペルガー夫のようになってほしくなくて「あなたの為」と過剰に頑張ろうとしてしまうようになっていました。

今思うと、娘の気持ちや自分の考えよりも、先生や友達にどう思われるかばかりに焦点を当てていたように思います。

 

娘が心を閉ざした瞬間

心を閉ざした瞬間を、私自身認識していました。

その時はわからなかったけど、明らかにあの時だろうと考えざるを得ませんでした。

 

その日は娘が大好きな友達と久しぶりに遊ぶので朝から喜んでいました。

その友達は昔からとても頭のいい子で、言葉のキャッチボールがとても上手なのですが、娘の話の通じなさや聞いてなさにもどかしく思っている感じがあり、この日も会った瞬間から私にばかり話してくるのです。

大好きな友達が、自分ではなく自分の母にばかり話すもんだから、娘としては自分の話もしたいわけです。全然違う話を無理やり大声だして話そうとしてくるのです。

 

「今友達と私(ママ)が話しているんだから、この話の内容でみんなで話そうね。」と言って私は娘の話そうとしている気持ちをへし折り、さえぎりました。

「人が話している時に全然違う話を無理やり大声だして入ってこようとしないで!もし同じことをあなたもやられたら嫌な気持ちになるでしょう?」

と、大好きな友達と久しぶりに会ったばかりなのにみんなの前で娘に厳しく注意しました。

 

娘は大声で泣きました。

でも私は、

「泣かないで!そんなことで泣かないで。すぐ泣くってまた先生に言われるよ?」と、泣いている娘の気持ちを無視し、すぐ泣くのもやめさせないと!とやっきになり冷たく突き放し、泣くことさえも否定しました。

 

その結果・・・娘、心を閉ざす

娘は私をにらみ、口に空気を入れて泣くことを必死に堪え、声を出さずに目を見開きながら大粒の涙をボタっと流しました。

娘が心を閉ざした瞬間でした。

娘の感情を八方ふさがりにしてしまったのは、紛れもなく私でした。

 

思い出すだけで辛く苦しく、切なくなります。

5歳の娘が感情を押し殺しながら無言で涙を流すなんて。

そう、「娘の為」と思ってやったはずの私が娘の気持ちを押し殺したのでした。

 

その日はどうしたんだろう?と思う位反抗的で、嘘をつき、いじけまくっていると思いました。

その後数日間、娘の態度は変わらず、基本的には無言で無反応、無表情、目つきも明らかに変わっていました。

 

娘の心の扉を開く~関係の回復

私自身の反省

あまりにも娘の態度がまるで思春期の反抗期のようだったので、自分自身反省し、気持ちを修正しました。

 

娘が生まれて発達障害を疑ったあの日々、最終目標を「お話ができること」にしたじゃないか。

そう自分で決めたじゃないか。

焦ってガミガミ言わなくていい。

誰にどういわれたって、そもそも「普通」ではない(と思う)んだから、普通にできないことが多くて当たり前。

私が味方になってあげなくて誰が味方になってあげられるの?

この先一番心を許せるはずの母が、一番気持ちを受け止めてくれない人になるなんてあり得な過ぎる。

 

主軸を周りの人にするのはやめよう。

クレームがきたとしても、ガミガミ言って無理やり修正させようとするのをやめよう。

「仕方がない」を基本スタンスにしないと。

特性を理解している上で、ゆっくり修正すればいい。

 

一度にいくつもネチネチ言っても、定型だって嫌になるし受け入れられないんだから、1個言ったら他はセンサーを弱めよう。

そして、もっともっと「好き」を伝えよう。

 

どんな子供も親の気持ちを感じ取る

寝ている間、娘の頭をなでながら

「娘はママの宝物だよ。本当に本当に、大好きだよ。」

と沢山言いました。

朝起きた時も、起きてる時も。

 

やっぱり、この「好き」の気持ちをハッキリとわかる形や言葉で伝える事が、子供の苦しみを和らげ、辛い場所から帰って来れるんですよね。

それは定型もグレーゾーンも同じ。

 

何しても怒られ、注意され、泣くことも禁じられたら感情のやり場がなくなって「無」になってしまいますもんね。

 

今気付けて良かった。

後悔する前に、修正できるチャンスが訪れてよかった。

本当に心からそう思いました。

発達障害を疑う子を持つ親は、何とか周りの人に迷惑をかけたり嫌われたりしないようにと必死になってしまいがちですが、肝心な我が子の気持ちが見えなくなってしまわないようにしなきゃなと思いました。

 

大好きだよの言葉と態度を嵐のように浴びせたその日から、娘は元の娘に戻りました。

本当に安心しました。

「娘のために」と思ってやった行動・言葉でも、「ママは私の事嫌いなんだ」と思われては伝わるものも伝わらなくなるし、逆効果ですもんね。

 

 

あまりにも苦しくて夫に相談するも、さすがアスペルガー(笑)

もう、いつもの事なんですけどね。(笑)

(1回目)あまりにも娘の様子が変だし苦しくて、夫に色々あって苦しい。話を聞いて欲しいと願い出るも

「無理、ひかりちゃんより俺も苦しい。眠すぎて疲れすぎて吐きそう」

と目を合わせることもなく自分の部屋に入って行き、そのまま寝ていました…

聞いてくれることさえしませんでした。

 

(2回目)そして数日間娘の様子がずっと変わらなくて辛くて苦しくて、自分の気持ちと、先生が治して欲しいという言葉との狭間でギャップがあって辛いと相談を持ち掛けるも、

「ふ~ん、で、結局何が言いたいの?治して欲しいと思うなら言えばいいじゃん。」

「いや、それだとガミガミ言いすぎて何でもかんでも否定してしまって辛いって話してるんじゃん。」

「え?なら言わなきゃいいんじゃない?」

「でもそれだと親が言わないからだと言われるんだもん。」

「もう、わからなくなってきた。パニックになってきた。そうやって俺が言う事全部否定するならもう何も言うことは無い。今もう話せないから俺に話しかけないで。」

と会話を拒否し、部屋にこもられました…

 

(3回目)ついに娘の異変に気付いた夫が「どうしたの?」と聞いてきたので、先日相談したような感じで心を閉ざしちゃったんだと思うと言ったら

そうやって俺も心を閉ざしていったからよくわかる。きっと、娘も俺と同じだよ。何をしても自分はみんなと違うと思う時がきて、何をどうしたらいいかわからなくなるから自分の心を押し殺して表現しないで我慢することを覚えるんだよ。俺もそうやって生きてきた。

と、私のしたことを全面否定し追い打ちをかけてくれました。(笑)

 

内側からくる自信を持たせつつ、褒める療育を

どうしても、親のこうしなさい、ああしなさいっていうのは威圧的になったり決めつけた言い方、何度も言う、他の選択肢を与えないといった感じになりがちです。

でも、人生に必要な事って細かい枝葉の事だけじゃないとも思っていて。

アスペルガーや他の発達障害に必要な「日常の枝葉のやりこなし」ってのも確かに必要だけど、それを大事にし過ぎてもっと大事な事を忘れちゃいけない。ないがしろにしちゃいけない。

心の内側の自信ややる気、許されてる気持ち、愛されてる気持ちをちゃんと育ててあげたいなと改めて思いました。

 

恐らく、この心の根本の要素を植え付けてあげられるのは、私たち親にしかできない事だと思っているからです。

どんなに愛してくれる人が現れても、親からの愛は生涯求め続ける。

しかもそれ、親がどんなに子供を愛していたとしても、伝わっていなきゃ意味がないんですよね。

私自身、母に愛されていないと思ってずっと苦しんできましたから。

親が当然我が子を愛している気持ちは、努力して形にして伝え続けないと子供にはなかなか伝わらないんですよね。

だって母って表面上はいつもガミガミうるさいんですもん(笑)

 

主軸になるものをぶれずに、他人の為の他人の目を気にしまくる人生を歩ませないように、日々の言い方や注意の仕方も考えなきゃいけないなと思いました。

 

褒める要素も大いに取り入れた楽しい育児をしたいなと思います。

今から、いくらでも変えられる。

今日を境に、お互いが楽しく幸せになれる育児にしたいと思います♪^^

 

こんな情けない母の記事を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。

最新記事をお届けします(^_-)-☆
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