アスペルガー夫の理解できない行動~暴言、絶縁、その後

娘がもうすぐ生後100日というある夏の日。

私は食中毒になった。

 

とても育てにくかった我が子は、この頃まだ一日15回位授乳をしていて、夜も20回以上起きて基本泣き叫んでいた。

それに加えて普段お世話を一切しない夫が抱っこするとのけぞって嫌がり、泣きすぎて→吐くので私しか抱っこができなかった時期でもあった。

娘についてはこちらに詳しく書きましたのでよかったらどうぞ ↓↓↓

子供のアスペルガー・発達障害(グレーゾーン)、0歳からおかしいな?と思っていた娘の特徴

 

広告

夜中、突然の嘔吐下痢~食中毒

それはそれは、酷いもんだった。

食中毒自体初めてなったんだけど、あの壮絶だった悪阻再来!状態で、全身凄まじい苦しみだった。

その日は普通の食事だったし、当たるものなんて身に覚えがない。

当時”エボラ出血熱”がテレビで報道されていたころで、私はエボラ出血熱にかかったんだと本気で思ったほどだった。

結局、前日の昼に会った友達がくれたクッキーが原因だったらしい。

その時集まった友達が全員私と同じ状況になっていたので判明したんだが、クッキーをくれた一人が2週間前に同じ症状になっており、その人から菌をもらったと思われる…

 

嘔吐下痢が間髪入れずに次々とやってきて、トイレから全く動けない。

座ったまま吐いてしまうので、トイレの辺り一面がすごいことになった。

 

そして動けなくなった私は、力を振り絞って夫の名を呼ぶ。

しかし何度叫んでも夫は無視

10回位呼んだころ、ようやく泣き叫ぶ娘を抱えながらやってきた。

 

夫  『何!?俺にどうしろというの?』

そう言って去っていった。

心も悲しくてトイレでオイオイ泣きながら一人で片付けたり吐いたりしていた。

 

今となってはその理由はわかる。

でも、この時本当に苦しくて助けて欲しかったし優しい言葉をかけて欲しかった私には辛かった。

泣き叫ぶ娘にパニックになり、わけわからん病気になった嫁に興味もないどころか近寄りたくなくて、私に嫌悪感しかなかっただろうな。

 

あっち行け!!!

激しく泣き続ける娘

エンドレスで嘔吐下痢をしまくってる嫁

オロオロしてパニックになって叫んでる夫

 

我が家は完全にカオスだった・・・

 

とにかく泣き続ける娘を何とかしなくては!!と、私の手や顔・口を洗い、フラフラになりながらもとにかく娘を寝かしつけようと夫から娘を渡してもらおうと近寄ったその時だった。

 

こんな剣幕で人を怒鳴ることある?!と思うほどの激しい口調で、

夫  『あっち行け!近寄るな!』

と睨まれ、叫ばれた。

ひかり『どうしてそんな酷いこと言うの?』

と泣きながら言うと、

夫  自己管理もできないお前が悪いんだろ!!!とにかくあっちに行け!こっちに来んな!!』

とめちゃくちゃ切れられた。

 

全身激しく具合悪い上に、あまりに酷い罵声を浴びせられてもう心はズタズタだった。

しかし結局どうにもできなかった夫は、寝かしつけてくれと娘を渡しにやってきた(怒)

 

何をお願いしてもイヤイヤ、近寄りたくない

やっと娘を寝かしつけ、私もトイレの前で横たわっていた。

もう「吐く!」と思ってからトイレまでの1歩が間に合わなくて、寝ながらビニール袋に吐きまくっていた。

すぐにビニールがいっぱいになるので夫にビニール袋を持ってきてほしいと頼む。

でもそれ以前に夫はトイレから一番遠い部屋の一番遠いソファに座り、部屋のドアを閉め、相変わらずビールを飲みながら録画されたお笑い番組を見て爆笑している。

何度名前を呼んで叫んでも全然聞こえないのか聞いてないのか。

 

私は完全にエネルギー切れでヘロヘロになりながら力いっぱい何度も叫ぶと、ようやくのっそりのっそり歩いてきて廊下のドアを開ける夫。

そしてぶち切れの一言。

夫  『何?!』

ひかり『ビニール袋取って欲しいんだけど。』

夫  (ため息)はぁ~・・・

 

そしてまたのっそりのっそりとビニール袋を取りに行く。

ひかり『早く!出ちゃう!!!』

夫  『今やってる!(相当切れた口調)』

そしてほらよっと渡してまたドアをバタンと閉めてソファに直行。

 

夏なのにとてつもなく寒くて、トイレ前の廊下が辛くて、クッションを持ってきてほしいと頼めばまた同じように

何度も聞こえない

のっそりやって来る

切れながらほらよっと投げる

ソファに帰っていく

というのを繰り返す。

 

クッションを投げられても、それを自分の体の下に引くことさえ辛かったのに。

 

・毛布を持ってきてほしい

・アクエリアスを買ってきてもらえないかな?

・ビニール袋を片付けて欲しい

 

何一つ自分じゃ想像もできないので、頼まれないと動かない

でも頼まれてもなるべくやりたくない夫。

 

ビニール袋はすごい量になってるのに、移ると嫌だからと絶対に手を付けなかった

 

もちろん、大丈夫?なんて一度も言われなかったし、心配すらされなかった

夫はとにかく私に近寄りたくなかったのだ。

この時の恨みは忘れられない。

日々の夫の記憶はどんどんなくなってしまうけど、このあたりの事だけは絶対に忘れることは無い。

夫の記憶が無くなるようになってしまった経緯はこちらから ↓ ↓ ↓

アスペルガー夫の記憶だけが無くなる~結婚してからの本格的なカサンドラ症候群

 

夫の実家に助けを求めるもお断りされる

そしてもう一つどうしても忘れられないのがこれ。

 

夫の実家は、うちから車で10分もしないところにある。

確かにあれは夜中だった。

でも、私はこれまでどんなに辛くても義母に助けを求めたことは無かったのに。

 

寝ていた娘が目を覚まし、また泣き叫んでいる。

その頃はもう、私の体力も限界で立ち上がることもやっとなほどだった。

夫は相変わらず娘を抱っこできない。

指示をしないとなにも動けない。娘に何かあっても夫は固まるだけなので全く安心できなかった。

となると、私は女手が欲しかった。

 

そして、夫に実家に電話して義母に来て欲しいと頼んで!とお願いした。

夫は渋々電話をかけた。

夜中なので家電には誰もでなかった。

夫 『出なかったよ。』

今となれば指示されないと何もできないのはわかる。

でも、当時はこんなに具合が悪いのに、この人は幼稚園の子供のようにいちいち言われないとできないのか?!何も助けたくないからこんな態度なのか?!と思い、すごく不愉快だった。

(実際、自分でやりたいものに関してはなんでも自分から動く。

でも、やりたくないものは基本的にロボットのように指示に従うだけになる。だからやりたくなかったんだろーね。)

 

そして次に隣の部屋で寝ている妹に電話して!とお願いした。

「どうせ寝ていて誰もでないよ…」とぶつくさ言いながら夫は電話をかけた。

すると妹は「お母さん寝てる」と言っていると。

んなもん緊急事態なんだから起こしてもらって!!!(怒)

(この一連のやり取りは、全て指示して言ってもらっているので夫と私とのやり取りは省く)

 

お母さんは起きなかった。

そして、妹に助けてくれないか?とお願いしてみるも、『明日仕事だから無理』と断られた。

ちなみに妹は東洋医学の病院の先生なのに!!!助けを求めている身内をないがしろにするなよ、ありえない!と心から思った。

 

 

母乳をあげていた関係もあり、救急車も「内科」と「婦人科」と「小児科」が一緒にある病院じゃなきゃダメなのでと断られ、直接病院を探してみるけど見つからなくて。

 

誰も助けに来てくれなかった。

 

最後に私は泣きながら実家の母に電話して『助けて』とお願いした。

母は『わかった、始発でそっちに向かうから、もう少し頑張りなさい。とにかく脱水症状にならないように吐いてもいいから水だけは飲み続けなさい』と言ってくれた。

本当に泣いた。

車で10分のところに夫の実家があるのに、新幹線で3時間かけて実家の母に来てもらうなんて。

 

実家の母、到着

あれから数時間、ずっと水を飲みながら吐いていた。

だいぶ、下痢は治まったころだった。

 

『お母さん、もうすぐ着くって』

と私が言うと、夫は

『じゃあもう俺いらないね、寝るわ』

と言って缶ビールを片付けて自分の部屋に入った。(それから丸々2日、夫は部屋から出てこなかった)

 

母が到着し、部屋に入ってビックリしつつも、せっせと私の汚したトイレを片付け、掃除をし、家事をし、娘をあやし、私の心配をしてくれ、おかゆを作ってくれた。

あっという間に片付いた。

私はまだ具合悪かったけど、だいぶ回復傾向にあった。

 

母が来て一番驚いたのは、夫がいたこと。

会社があるから誰も手伝えなくて大変だと思って飛んできてみたら、夫は運よく?3連休の最初の日

母 『え、夫くんいるんじゃん…』

 

そして私はこの数時間にあった出来事の一部始終を話した。

翌日母は、『ひかりが受けた悲しみを思ったら涙が出てきちゃって眠れなかった。苦しい時、そんな態度をとられるなんて。』

と言って夫を起こし、これは言わないとだめだ!と思ったんだろう…

でも母はとても冷静だった。優しく夫を諭した。

母 『夫婦は、助け合うものなんだよ。うちのお父さんだって、私が具合悪い時は一生懸命サポートしてくれるよ。ひかりが今洗濯物干そうとしてるでしょ?こういうのも、ただ座ってテレビみるんじゃなくて、手伝うよ、座ってなって言ってあげるんだよ。』

 

夫は渋々手伝っていき、母に言われて私を隣の病院へ連れて行った。

点滴を受けている間ずっと、

夫 『ねぇ、ひかりちゃん、俺って本当に優しい旦那さんだよね。ありがとうは?

と、しつこく私に言ってきた。

(どの口が言ってるんだろう?と思っていたが、それは今も変わらない。

何をもって自分ほど優しい旦那さんはいないと言っているのかわからないけど、そう信じて疑わない夫は『それがわからないひかりちゃんは本当におかしい』と言い続けている。)

 

 

その後、母は私の症状よりはだいぶ軽いものの、嘔吐下痢の状態になった。

私のトイレの汚物や廊下にあった大量のビニール袋を片付けてくれて移ったんだと思う。

それをみて夫は一言。

夫 『ほら、ミイラ取りがミイラになった!だから触りたくないんだよ。』

私は唖然として言葉を失った。。

 

この時既に母への”敵認定”はされていたのだろう。

 

そして夫、私の実家と絶縁

その後、もともとみんなでお食い初め(生後100日のお祝い)をするために私の実家へ行くつもりだったので、母も具合悪くなってしまったし1週間ほどうちに泊まってもらってから当初の予定の日にみんなで実家へ向かった。

 

車の中で、私は何度も夫に小声で

『手土産も何もないんだから、実家に着いたらせめて「ありがとうございました。」と父と母に言ってね。』

と指示を出していた。

母に手伝いに来てもらって何一つお礼を言わず、父にも1週間母を借りた形になったのに、何も言わない夫に腹が立った。

こんなことまで指示しないとわからない?!と悲しくなった。

 

案の定、指示されているのに言いたくなかったんだろう、一切言わない夫。

母はまだ具合悪いながらもお食い初めのご飯を作ってくれた。

それに対してももちろん夫は何も言わない。

 

そして、手ぶらで行っといて父の秘蔵の酒をたらふく飲み、自分では父に一度も酒を注がず、相変わらず尊大型アスペルガの偉そうな態度で失礼こきまくっていた。

 

そんな中、話の流れで母が私を守る形で始まった話だったんだが、涙を流しながらこう言った。

母 『夫くん、お願いだから、ひかりが苦しんでいる時には助けてあげてもらえないかな。』

私はその言葉で涙が出た。

 

しかし夫は違った。

急に鬼の形相になり、激しく憤慨し、貧乏ゆすりと大きなため息を連発し、

夫 『そんな風に言われるなら、白黒つけるしかないですね!』

とタンカを切った。

一族わけがわからず、ぽか~んだった。

 

夫の言い分では、一人でも人類を守る為!それと、もうすぐ海外出張があるのに僕が移ったら会社に迷惑がかかるから近寄らなかったんだ!とのこと。

でも、嫁の実家はみんなで俺を責めてくる。

俺の人格全てを否定する!ウキー!!!

 

となっていました。

その状態を緩和しようと父が

父 『それは普通の風邪とかだったら理解できるけど、のたうち回ってるパートナーにはちょっと違うような気がしない?だって、もし夫くんが同じような状態で助けが必要なとき、あっちいけ!と怒鳴られて助けてもらえなかったら悲しいでしょ?』

と、相手の立場に立った教え方をしたがもちろん夫は理解できず。

 

夫 『あ、目には目をですからね、そちらの家は。同じようにしてやりたいんですよね。』

父 『いやいや、そういう意味ではなくて・・・』

夫 『もういいです!!!』

 

比喩がわからない夫には、お前も同じ目にあわせてやろうか!と言われているように聞こえていたんだと思う。

それから旦那は一言も口を利かず、全身で怒りを表し続けていた。

そして、酒を飲んでなかったら帰りたいけど、酒を飲んでるから仕方ないと一日実家に泊まり、朝方誰にも言わず一人で車で帰っていきました。

 

朝方、母が一気に10歳くらい老け込んだ泣きはらした顔をして私の部屋に来て、

母 『ごめんね、ひかり。私何を言ったの?あの時の記憶がないのよ。でも私のせいで夫くんを怒らせてしまったんだよね。もうひかりを助けに行ってあげられない。ごめんね。本当にごめんね…』

と泣いていた。

 

そしてその後4年間、夫は私の実家と絶縁していた。

私も父も母も妹も、本当に長い間苦しんだ。

 

このことは後にアスペルガーの診断を受けに行く時に先生に話したのだが、夫はずっと自分は一切悪くない!と思っていてそれに驚いたのを覚えている。あんなに泣いて頼んでいる母にタンカ切ったんだから、少しは反省したり後悔してたりするのかな?と思っていたから。

ただ、病院の先生に『それはかなり極端だねぇ。そういう時は助けてもらいたいものだよ。』と言われて、夫は驚き『先生がそういうなら俺の方が間違ってるのかなぁ?』と言っていた。

専門家からのアドバイスの方が、アスペルガーの人はよく聞いてくれる傾向にある。

 

(ちなみに、先日妹の結婚式に夫はなぜか行くと言い、私の実家のメンバーと4年ぶりに会ったのだが、すでにアスペルガーについて理解している私の両親の大人な対応と、何事もなかったかのような夫の態度でバトルが起こることもなく無事に終わった。その後はもう会うこともないかもしれないけど。)

 

 

終わりに、パートナーもアスペルガー化する説について

『パートナーもアスペルガーみたいになる』とよくネットでも見るけど、私もその一人かもな?と思う。

だって、こんなに酷い仕打ちを受けているのに、なぜ私だけが夫を心配し、介抱し、優しい言葉をかけなくてはならないのか?!と思ってしまう。

これじゃあダメだと、わかってはいる。

 

それでも夫は障がい者だから許さなきゃいけないの?

悪気はないから耐えなきゃいけないの?

通常発達は傷ついてもいいの?

そんなの酷いよ。

 

このあとしばらく夫に対してさ〇いしかなかった

毎日会社から帰ってこなければいいのに。ああ、〇んでほしいな~と考えていて、そんな自分も虚しかったし悲しかった

 

夫に毎日〇んでくれないかなって考えてる、こんな人生を望んでたか?

私は楽しく笑って過ごせる家庭を作りたかったんじゃないの?

 

そうやって葛藤して、時間をかけて、今がある。

だから、夫の〇を願ってしまう人の気持ちはとてもよくわかる。

それを否定するつもりもない。

 

いつか、自分の感情の虚しさに気付くんだけど、それまではどうにもならないんだよね。

だってその人はそれほど傷ついているはずなんだから。

 

だけど私たちは頑張ってる。

大丈夫、絶対乗り越えられる。

どんな形にせよ。

 

 

今、夫が例えばエボラ出血熱にかかったら、私はきっと移るの覚悟で世話をし、出血が止まらないなら抱きしめて一緒に〇ぬだろう。

夫なら間違いなく私を隔離する、でも私は人として、最後に生き様を見せてやりたいとさえ思うようになった。

夫が隔離されて一人で死ぬのを待っていた自分の方が許せなくなるんだな、わたしはきっと。

こう思えるようになったなんて、だいぶ乗り越えたんだなーと思う。

 

でもそうなる前にできれば普通に円満離婚したい。

我ながら、思いっきり矛盾してる(笑)

でもこの気持ちを誰かはきっとわかってくれる。

一人、あなたがいればそれでいいや。

 


 

最後まで読んでいただいてありがとうございました。

読んでて不快に思われた方もいるかもしれません。

もちろん、アスペルガーの人すべてがうちの夫のような暴言を吐いたりするタイプではないです。

 

でも、私はここに書き記しておきます。

こんなタイプの人と暮らしている人の苦悩も世間に知って欲しいから。

最新記事をお届けします(^_-)-☆
広告